煮える鍋

先日の記事の反響が凄くて少々びびっています。
「たまに真面目な記事を書くのが、モテる秘訣や」
って中島くんに言われたのでやってみたのですが、効果覿面でした。
タイミングを見計らってまたやります。

そしてこれを機に少し更新を休むかも。。。
まあいまでも十分亀更新なんですが。



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最初、ゴハンとルーの間にスプーンを入れて
ちょうど真ん中で境界線ができるようにしてからそれを口に運ぶ。
鼻の辺りまでくると、その独特な匂いは僕の鼻をねっとりと刺激して
それがあまりにも臭く、逃げるように少しうつむいて湯気から鼻を遠ざけるのだが、
ガソリンの匂いをついつい嗅いでしまうような、
一日履いた靴下を脱いで嗅ぐような、
何とも言えないその中毒性に惹きつけられて僕はもう一度スプーンに鼻を近づけた。
中毒と言ったけれどもこの店のカレーを食べるのは初めてだ。
しかしそれは以前にも嗅いだことのあるような、
これから先、別の機会に嗅ぐような、そういう感じ、デジャヴ?だっけ?

スプーンの上でズルリと光るカレー。

小太りの店主は薄汚れたエプロンを身に纏い、口髭をねちねちと舐めながら僕を見ている
他に客でもいたのなら、これほど店主に見られることもなかっただろうに。
鼻をつまむのは失礼だと思い、僕は妖気さえ放っていそうなこの黒いものを口にねじ込んだ
ねっとりとしていて生魚をそのまま囓ったような、
それでいてむせかえるような甘さと
酸っぱい刺激臭は喉から鼻へ。鼻から眼へそして、脳に蔓延する。
カレーと言うには余りにもぬめりが多く、そしてぬるい。
辛さなんて一ミリも感じることはできず、これをカレーと呼ぶのなら
トイレットペーパーをスカーフと呼んでも正しいだろうと思った。
舌の上をナメクジが這うようにカレールーは口腔を濡らしてまわり、
それではない汗がじわりと額から流れた。
一口目を喉に流し込んだ直後、首の後ろを冷たい何かが通り抜ける。
全身が震え、鳥肌が立つような快感を憶えたかと思うと顔が熱くなり
二口、三口とカレーをスプーンに乗せては口へと運ぶ作業を繰り返してしまう。
ものの五分も経たぬうちにソレは跡形もなく皿の上から姿を消して
水を一度も飲まなかったことに気が付いた。

カレーを食べただけなのに何だろう。
口に残る異様な臭みと、溜息が出るような疲労感。
いつもなら、さっさと会計を済まして店から出てもおかしくはないのに、
僕は座席でぐったりと背もたれに体重をかけ呆然としていた。

カランカラン

「こんにちは。また来てあげたわよ」

変な態度の女性が店に入ってきた。
長身で目が細く、髪を頭のてっぺんでまとめたその女性からは
態度とは裏腹に控えめで柔らかな雰囲気が漂っていた。
店主とは顔見知りのようで、客席に座るのかと思いきや、
女性はカウンターをくぐり、中で髪の毛をほどくと
店の奥へと姿を消してしまった。
僕は煙草に火を点けてもう少し休憩してから店を出ようと思い
お冷やのお代わりを頼もうとして店主を呼んだのだけれど
カウンターにいた店主の姿はなく、
声を上げて呼ぶのも面倒だったのでそのまま煙を吹かしていたのだった。

店員だろうか。それとも奥さんなのか。
いずれにせよ、僕はその女性がここで働いているのなら、
少し頻繁に通ってもいいなと思った。
あの女性がここでカレーを運んでくれるなら
もう少し遅くに来ればよかったな。なんて思いながら氷を口に含み
ころころと舌の上で転がしてカウンターの方を見たのだけど
店主も女性もまだ出てきそうにはなかった。
仕方なく僕はまた一本、煙草を取り出して火を点ける。
ゆっくりと紫煙が天井に昇り
緩やかな白熱灯に照らされて静かな模様を描いていた。
煙の行方をただ呆然と眺めていると、奥から誰かの声が微かに聞こえてくる。
聞き耳を立てるとそれは、深く、重い電化製品の音のようで
出てしまう声を押し殺しているような暗い声だった。
呻き声だろうか。

「グゥゥゥン……、グゥゥゥゥゥゥン……」

単調に、長く響くその声が耳から離れなくて、
僕は気が遠くなり、煙草の灰がテーブルに落ちたのにも気が付かないでいた。
はっとして煙草の灰を片づけつつ、そろそろ店を出ようと店主を呼んだのだけれど
奥からは誰も出てくる気配がない。
僕はカウンターの前まで行って声を出そうとしたのだが
その奥から聞こえてくる声が気になって少し静かに耳を傾けてみた。
声は、女性のものだと思った。
女性の重い、呻き声だ。

「ゥゥゥン……ハァァァァゥゥゥン……」

カウンターの端に掛かるのれんの奥で、
僅かな光が漏れ、声はそこから聞こえてくるようだった。
奥はどうやら厨房になっているようで、
身を乗り出して中を覗くと少し開いた扉から、店主の後ろ姿が見える。
店主は何をするでもなく、腕を組んでいるようだったが、
その奥に、ドラム缶くらいの大きさのものが見える。
鍋だろうか。
扉の隙間から、呻き声と共に先程食したカレーの匂いが流れ出てきていて
今、カレーを煮込んでいるのだなということが分かる。
しかし、僕は何を想像しているのだろう。
頭の中に描いたドアの奥の世界。
妙な胸の高鳴りは、呻き声が大きくなればなるほどに、
匂いが強くなるほどに、激しく胸を打つのである。

僕はできる限り音を立てずに、カウンターの中へ忍び込んだ。
シンクの中には洗いかけの食器類が散乱し、
蛇口には小さな蜘蛛の巣が張っている。
汚いカウンターだなと思いながら薄汚れたのれんの奥へと目を移した。
のれんの奥には、先程女性が身に纏っていたシャツとスカート、
そして下着類が全て段ボール箱の上に放置されている。
女性が中で裸になっているということなのだろうか。

緊張でガチガチの身体を無理矢理前に進ませ、
震える手でのれんをかき分けて中に入る。
のれんの中では、女性の呻き声がはっきりと聞き取ることができ、
さらにはグツグツという鍋の煮える音までが聞こえる。
どろりとしていて重く、黒いカレーを煮込む音が、
女性の呻き声と同調して、いやらしい音楽のようでもあった。
重そうな鉄の扉から流れてくる、声と、音と、匂い。
僅かな隙間からは、店主の後ろ姿と、見たこともないくらい大きな鍋。
その隙間から見えるものはそれだけが限界で、
僕は好奇心に負けて鉄のドアをもう少しだけ開いて中を覗いた。

先に食べたカレーの、その何倍もの匂いが鼻孔を刺激する。
思わずえづきそうになるがその息を喉に押し戻し、
僕はドアに頭を付けて厨房を見渡した。
店主の向こうに見える鍋から、少しだけ黒いカレーが溢れだしていて、
その中でまた、黒い何かが蠢いている。
黒い何かは、大きな野菜のようでもあり、人の頭のようにも見えた。

グツグツと煮える鍋の中で、
黒い何かは少し沈み、そして少しだけ浮く。
その様は、まるで機械仕掛けの人形のようで
浮き沈みを繰り返しながら一定のリズムを刻み、
途切れることなく、呻き声に合わせて鍋の中を
いつまでも踊り続けていた。
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by gennons | 2005-01-31 14:41 | 妄想
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