「ほっ」と。キャンペーン

メリー

うそ日記にTBの記事です。

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友人の哲也に彼女ができたというのでひとつ見てやろうと待ち合わせて行った新宿の喫茶店。
奴の彼女は羊だった。
はじめは冗談だと思っていたのだが哲也の目は真剣で、
テーブルの横に佇む羊を見てはでれでれと顔を歪めるのだ。

「どう?メリーっていうんだ。可愛いだろ?」

可愛いだろ?とか言われても相手は羊である。
羊は羊。どこをどう見たら他の羊と区別できるのかも僕には分からなかった。
メリーはテーブルの横で「ブヒュルルル」と鼻息をあげて、その場で足踏みをしている。

「メリーとこないだも原宿でデートしたんだけどさ、
最近の若い娘と違ってブランドものにも興味がなくってさ、何にも欲しがらない。
ただ、野菜や紙なんかをあげると凄く喜んでくれてさ、それがまた可愛いんだよ。なぁ?」

哲也の呼びかけにもメリーは答えず、全く聞いている様子はない。
それどころかメリーは、隣の席に運ばれてきたシーザーサラダに釘付けのようだ。
そしておもむろにそのサラダに顔を寄せ、むしゃむしゃとかぶりついた。

「こらっ、メリー、メリィ!」

哲也はメリーの頭をぽんぽんと叩くと、ポケットから皺皺になったキャベツの葉っぱを取り出し、
彼女に食べさせた。

「どこかに……繋いでおいたほうがいいんじゃないのか?」

また他の客に迷惑をかけかねないので言ったのだが、哲也は僕を訝しげに睨んで溜息をついた。

「まぁ、よく言われるんだけどさ、おれ、彼女を束縛したりしたくないんだよ。
おれとメリーは深い信頼で繋がっているんだから。なぁ、メリー」

メリーは哲也の呼びかけを全く聞いていない。
それどころか他のテーブルに運ばれてくる料理が気になって仕方がないようだ。

「ふふ、照れてやがる。可愛いなぁ」

哲也はメリーが羊であることをどう考えているのだろう。
生命の種類を乗り越えた愛が発生したのか、
もしくは羊であることを気付いていないのか……
いや、僕は何を考えているのだ。
メリーはどこから見ても120%羊だ。
気付かないなんてありえないじゃないか。
しかしアイツの態度からすると……

「お客様……ペットの御入店はちょっと……」

ほら来た。当然だ。ここは飲食店なのだから、羊の入店が許可されるわけがない。
しかし哲也はその注意を素直に受け入れてくれるのだろうか……

「は?何?ペット?どこにいるんだよ。そんなの」

「え?あの……この羊のことなんですが……」

店員はメリーを見ながら言った。

「羊?ペット?馬鹿じゃねーのお前。こいつは俺の彼女なんだよ。
果てしなく失礼な店だな。そりゃあ見た目は普通の女の子から少しずれているけど
だからって、ペットはないんじゃないの?
真剣に付き合ってるし風呂も一緒。結婚して将来子供は三人とかまで今話が進んでるんだよ。
お前、その内情を分かっていってるのか?」

哲也が怒りを抑えきれずにテーブルをドンっと叩き、
メリーが「めぇぇ」と短く鳴いて、フロアにプリプリと脱糞を始めた。

こ……子供……?
哲也は興奮してまくし立てるように店員に詰め寄っていたのだが、
僕は哲也の言葉に驚きを隠せなかった。
恐らく現状で、アイツはメリーが羊であると言うことに、気がついていない。
哲也の異常なまでの剣幕に圧倒された店員は、涙目で謝り、店の奥へと消えた。
僕はまあまあと哲也をなだめ、落ち着いて座るように促した

「お前……メリーと結婚するのか……?」

「そうなんだよ。俺、こいつのこと真剣に好きだし、愛してる。でもまだ両親には言ってないんだよなぁ」

そりゃそうだろう。どこの世界に異種婚姻の承諾をする親がいるのか。

「こいつ、夜も凄いんだぜ。すげえよがって何度も求めて来るんだ」

ひそひそ声でそう話す哲也の顔はにやけていたが、僕は愛想笑いすらできないでいた。

「子供が産まれてもやらしい娘に育つんじゃなあいかって、もう心配で心配で」

それは確実にない。どう足掻いても淫乱な、というか子供は産まれない。
そう言いたかったのだが、僕にその勇気は出なかった。

「む……むこうの両親はなんて言ってるんだ?」

我ながら無理のある質問である。

「あー。俺まだあいつの両親に会ってないんだよ。会う前にまず、職を探さなきゃ」

もはや僕は何を話して良いのか分からず、ただ黙って苦笑いを浮かべるしかなかった。
メリーはそんな僕や哲也の悩みなんて、まるで関係ないかのようにきょろきょろと周りを眺め
「めぇぇ」と鳴いて、その場に座り込んだ。

「ま、親に紹介する前に、やっぱお前に報告しなきゃと思ったわけだ」

「そうか。あ、ありがとう。紹介してくれて」

哲也は店員を呼んでチェックを頼んだ。
メリーが羊であることを、僕は教えなければいけないのだろうか。
いや、そんな義務はないし、ただのお節介にもなりうる。
僕は黙って哲也とメリーを見守っていくことにした。

哲也が席を立つと、メリーも立ち上がる。
レジに向かう足を踏み出したところで、哲也がメリーのウンコを踏んだ。

「うわっ!誰だよ!こんな所でうんこした奴!つーかウンコの落ちてる店ってどうだよ!」

哲也はずりずりと足の裏を床にこすりつけながら会計をすませた。
店を出るともう夕方で、夕焼けに佇む一人の男と一人の羊。
不思議な違和感を胸に哲也が別れ際

「お前も、早く彼女くらい作れよ」

と言った。
僕は半笑いで「幸せにな」と言った。
自分でも不思議だったのだが、その言葉に嘘はない。
障害は多々あるだろうけど、幸せになって欲しかった。

振り返ってみると、タクシーに乗車拒否をされている二人が見えて、
哲也が大きな声を出している。
となりにいるメリーは、まるでそんなこと、自分に関係ないかのように周りをきょろきょろ見渡して
「めぇぇ」と力の抜けるような声で鳴いた。
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by gennons | 2005-03-10 22:49 | 妄想
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