ただ、そこにあるのは残像

誰もいない。何の物音もしない。
ただそこにあるのは、暗闇の中うっすらと浮かび上がる大きなコンクリートの塊と、
昼間にあった喧噪の残像。

僕は大きく深呼吸した。
僕だけの秘密の嗜好。
誰にも知られてはいけない、秘密の習慣。
静寂が僕の心を落ち着ける。そして
それを打ち砕いてゆく興奮。そして郷愁。

夜の学校は、僕にとって裏の素顔、そして裏の居場所だった。

夏休みにみんなで夜、プールに忍び込んだりしたことはあった。
あの日以来、僕はしばしばこの学校に一人で訪れる。
昼間の残像を掴むために、僕は一人で訪れる。

僕はいつものように給食室の裏手にあるパイプをよじ登り、二階の窓から校舎に忍び込んだ。
電気をつけてはいけない。警備システムが作動するからだ。
あと、職員室にも近づいてはいけない。これも同じ理由である。
それ以外のことなら、何をやっても許される空間だった。

不思議と、怖さはなかった。
僕にとって夜の学校は、恐怖よりも興奮の方が勝っていたからだ。
そして迷わずに教室に向かう
教室には、昼間のような賑やかさがない。
誰もいない。
でも誰かがずっと息づいている。気配を感じる。
気配の正体は、昼間の残像であることを僕は知っている。

そこに彼女がいた気配、話した気配、あの男に、好きだと言った息づかい。

彼女の机には、僕の知る、彼女の全てがあった。
そしてその机の傍らにあるナイロンの手提げに、
アルトリコーダーが入っていることを僕は知っている。
しかしその笛をどうこうしようなんていう衝動は起こらない。
笛を舐めてどうするんだ。何が嬉しくてそんなことを考え得るのだ。

僕は、おもむろにズボンを脱ぎ捨て、パンツも脱いだ。
下半身だけ裸になった。

それだけで、もう心臓がはち切れんばかりに鼓動する。
みんながいつも勉強している教室で、僕は今、ちんこをだしているのだ。
そして彼女の机に近づいた。
彼女の机には、消しゴムのかすが残っている。その消しゴムのかすは
今の僕にとって、彼女そのものだった。
僕は限りなく慎重に、ゆっくりと彼女の机にちんこを乗せてみた。
凄かった。
体中の血液が滾るようだった。
興奮していた。
僕は、変態だ。
変態であるという自覚に、僕は再び興奮を上乗せした。
こんなに幸せな時はなかった。
僕は彼女が好きだった。



彼女が男と付き合いだしたのは、半年前だ。
一つ上の先輩で、バスケ部のエースだった。
僕は、そんな彼とはほど遠い、ただの我利勉だった。
彼女のことは、中学の時からずっと見ていた。
卒業式で、彼女は後輩に貰ったナデシコを、大切そうに持ち、
その花に涙をあげていた。
彼女のはその日、恐らく一番の「おめかし」をしてきた。
でも僕にとってそんなことはどうでもいい。
僕は、彼女そのものを見ていたから。

卒業式というイベントを利用して、
他の誰かが彼女に告白する場面を見て、
僕は自我が崩壊しそうになった。
でも彼女は僕を裏切らなかった。
好きだと言う誰かの言葉を聞いて、
彼女は静かに首を振っていた。

高校に入ってから彼女は変わってしまった。
僕は何一つ変わっていないのに。
バスケ部のマネージャーをはじめてからだ。
そこのエースに、恋心を抱きはじめてからだ。

でも僕は、裏切られたと思わない。
エースには、僕の見ている彼女は見えないのだから。
彼女の残像は、僕を受け入れてくれる。
僕を見つめていてくれる。
それが幻想なのだとしても、
僕の感じる彼女の気配は本物である。
僕は、全身で彼女を感じている。

何時間こうしていたのかわからない。
外はもう、白みはじめていた。

日が昇るにつれて、本当の彼女は少しずつ消えていく。
本当の僕と共に、消えていく。

悲しむことなんてない。
本当の彼女は、新しい本当の彼女と入れ替わるために消えていくのだから。

僕はまた、本当の僕になるまでの間、
新しい残像を待ちわびて
苦しい虚構の世界に息づいていなければならない。
[PR]
by gennons | 2004-09-20 19:31 | 妄想
<< ちんこの精霊 近海マグロが焼きを入れる >>