開封

休日の過ごし方を考えていたら、夕方になってしまった。
こんな事で一日潰れるのなら、もう少し睡眠をとっておくべきだったのではないか。
しかし今更後悔しても何も始まらないし何も産まれない。
後悔という無意味な時間とともに夜を待つことなど、もっとも馬鹿らしいことだと思う。
仕方なく俺は食料や日用品の買い出しに外へ出た。
初夏の夕暮れと生暖かい風が奇妙な体感温度を作り、俺は空を見上げながらスーパーまでの道のりをふらふらと歩く。


中略


鯖の缶詰に手を伸ばしたところで俺の手が停まる。
缶詰の配列が気になったのか、どういう原因で手が停まったのかはまだわからない。
順を追って缶詰の並びを注意深く端のほうから確認してゆく。

鯖、焼き鳥、蛤、コンビーフ、彼女、コーン、ホワイトアスパ……

彼女?

彼女の缶詰を見つめながら、世の中も便利になったものだと独り頷いてやはりそれも籠の中に放り込み、
そのあとビールとトマトと袋ラーメンと洗剤を購入し、レシートをポケットに突っ込んでスーパーを出る。
ぼんやり歩きながら、袋から彼女という缶詰を出してまたぼんやりとそれを眺めつつ夕暮れの町を歩いた。
アパートの廊下で鍵を出すのに手こずっていると横山さんがどこかへ出掛けるのか、ドアから下半身を覗かせて部屋の電気を消している。
横山さんは油っこい顔で俺に気が付いた素振りを見せ、こんにちはと言った。
そして俺の右手に彼女の缶詰を確認すると頬を緩ませながら
「ほう。柴田さんもとうとう彼女ができましたか。うらやましいですなぁ」
なんて言うもんだから俺は顔が熱くなって「いや友だちに頼まれまして」と嘘。
「まあどっちにしろ、彼女は大切に。では」と俺に少し会釈して駐輪所へ向う。

鍋に水を入れ、コンロを捻る。
ラーメンでも喰おうかと思ったのだが、少し考えてコンロの火を止めた。
先に彼女を開封し、作ってもらえば良いのだと気が付いたのでからだ。


注意(赤字で大きく書かれている)
・缶詰を空ける際には缶切りで刃の入る位置をコンコンと二回、軽く叩いてから刃を入れて下さい。
・彼女は、食用ではありません。
・彼女によって、プライベートな感情の違いがありますが、品質には特に問題ありません。
・彼女の嫌がる行為、傷つける行為等は法律で禁止されています。
・彼女によってプライベートに触れられるのを嫌がることがあります。
・彼女の違法投棄はやめましょう。


空ける前に缶詰を叩くのは、誤って中の彼女を傷つけないためだろう。
焼き鳥の缶詰とほぼ変わらない大きさの缶詰に、これからの俺の彼女が入っているところを想像すると、
どうにも興奮がおさまらなかった。
タイプじゃないのが出てきたらどうするのだろう。
しかしそのときはそのときだ。何らかの方法があるのだろう。

台所から缶切りを持ってきて、缶詰の端っこをコンコン、と小さく叩く。
缶詰に耳を近づけてみたが、イマイチ反応がわからない。
不安だったのでもう一度コンコンと缶の端を叩いてから静かに刃を入れる。
きりきりと缶切りを進めて半分くらいまで缶が切れたあたりで彼女の脚が見えてきた。
ゆっくりと缶切りを進めると、彼女の脚は缶切りの刃を少し避けるように身体をよじらせて
半分ほど開いた缶の隙間からひょっこりと顔を覗かせた。

「切れ目で怪我をしたくないから、全部開けてね」

意外にも彼女の声は低かった。
タバコか酒で潰れたようなしゃがれ声。
嫌いではない。ただそのせいで早速彼女の過去が気になりつつある。
彼女が、美しかったことも関係しているのかもしれない。
ゆっくりと、慎重に彼女を傷つけないように缶切りを進める。
缶の蓋が全て開いたとき、俺は目を疑った。

中には手のひらにすっぽりと収まってしまうくらい小さな裸の彼女。
そしてもう一人、同じくらいの大きさの、男。

俺はもう一度缶詰の注意書きを読んでみたが、
男が一緒に入っているなんて一言も書いていない。
仕方なく俺は彼女をややきつい目で睨んで、これ、誰?と聞いた。
彼女は小さく溜息をついて(身体も小さいので溜息も小さい)やれやれといった調子で顔を上げて言った。

「過去よ」





つ……続くのか……!?
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by gennons | 2005-07-12 04:11 | 妄想
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